第二話 戦いの時

 

 

 

 西の砦に移ったリュカは仲間の傭兵たちに情報を共有しておいた。王子は少女を助けに必ずここへやって来る。寄せ集めの傭兵隊でも複数集まれば王子一人相手にするのは簡単な話だ。勝利を確信した傭兵たちはその時を待つためにそれぞれ持ち場へと戻っていった。リュカは見張りを他の者にまかせ、少女が眠る牢獄へと向かった。鉄格子の向こう、少女は静かに横たわっている。

 

「ん……」

 

 リュカの足音で目が覚めたのか、少女はゆっくりと上体を起こした。

 

「ここは……?」

「西の砦の牢獄だ。目が覚めたか」

 

 声をかけると少女は驚いた様子で数秒固まり、そして事態を理解したのか項垂れた。

 

「ああ……あなただったのですね。シアン様が探していたかつての仲間というのは。確か名前は――」

「リュカだ。手荒な真似をしてすまなかった。俺が言うのもなんだが、お前に危害を加えるつもりはない。事が終わり次第すぐに解放すると約束する」

 

 この言葉は本当だ。捕虜といえども不必要に痛めつけるのはリュカの趣味ではない。王子の首さえ取れればそれで良いのだ。

 

「……リュカ。分かりました。お気遣いありがとうございます」

「礼には及ばない。それよりも食事を持ってきた。少ないが腹の足しにしてくれ」

 

 餓死されては困るので、鉄格子の間から少女にパンを手渡した。土を食うよりはマシだがガチガチに硬くてまずいと評判のパンだ。そんなものを与えるのもどうかとは思うがこれでも戦場では貴重な食料だ。そこは捕虜として我慢してもらうしかあるまい。

 

「では俺はもう行く。時々様子を見に戻ってくるから何か不都合なことがあれば言ってくれ。できる限りのことはする」

 

 見られていては食いづらいだろうし、丸腰の少女がここから逃げ出す心配もあるまいと、リュカは立ち去ろうとした。いつ王子が到着してもおかしくはないから準備を整えておかなければ。

 

「待って!」

「どうした。言ってみろ」

 

 呼び止められて立ち止まると、少女は躊躇いながら口を開いた。

 

「シアン様は強いです。どうか油断せず。下手をすれば今度こそ死んでしまいます」

「敵に助言とは恐れ入った。一体お前は誰の味方なんだ?」

 

 少女は目線を逸らすことなく真っ直ぐにリュカを見つめている。真剣な表情から見るに、言葉に裏があるわけでもなさそうだ。

 

「私もシアン様と思いは同じです。できることなら全員救いたい。ただそれだけです」

「……そうか。さすがは王子、良い理解者を持ったな」

 

 少女にここまで言わせるとは、敵ながら王子の人望には尊敬の念を抱かざるを得ない。信じる力というものは厄介で時には不利な状況をも覆す。少女の言葉を間に受ける訳ではないが、警戒を怠ればそれこそ命はないだろう。

 

「王子と思わしき者がこちらへ向かって来るのを確認した!周囲に他の敵は無し、単独だ。迎え撃つ準備を!」

 

 見張りの一人がバタバタと慌てた様子で駆け込んできた。耳をすませば壁の向こうでガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。思ったよりも早い襲来に皆動揺しているらしい。

 

「分かった。すぐに行く」

 

 とうとう来たのだ。決着をつける時が。リュカは少女を一瞥すると踵を返した。

 

「私はここで祈りましょう。流れる血が少なくすみますように」

 

 少女の言葉を背に受けながら、リュカは覚悟を決めて牢獄を後にした。

 

 

 

 

 

 

「こっ、こいつ……やたら強っ……!」

 

 ガシャン!と大きな音と共に見張りが吹き飛んでいく。数で押せばなんとかなる算段だったがそう簡単にはいかないらしい。単騎でここまで乗り込んで来るだけのことはあってか一撃が強烈だ。まともに食らえば一溜まりもないだろう。

 

 しかし、何かがおかしい。次々と倒されていく味方を尻目にリュカはこの違和感の正体を探っていた。

 

 王子はこんな戦い方をする人間だっただろうか。少なくともリュカの記憶の中では、王子が一撃に全身の力を込めるような大振りの技を使っているのを見た覚えがない。どちらかというとその小柄な体格を活かして素早く動き、相手を翻弄するような戦い方を得意としていたはずだ。だとすれば、何故。

 

「王子!その首貰った――」

「待て、そいつは!」

 

 その顔が近くに迫ってから初めてはっきりとリュカは確信した。彼は王子ではない。

 

 ガシャン!

 

「ひっ!」

 

 轟音とともに味方がまた一人吹き飛ばされていった。これで数の有利はなくなったも同然だ。王子と同じ髪色をしたその男は冷ややかな視線をリュカに向けた。

 

「貴様がリュカだな。安心しろ、シアン様から殺すなと命じられている」

「影武者を寄越すとは舐められたものだな……くっ!」

 

 刹那、男はリュカに斬りかかった。間一髪のところで避けるも、少し遅ければどうなっていたか分からない。リュカの金髪が数本切れてハラハラと地面に落ちた。

 

 男は殺すつもりはないと言ったが、リュカに向けられているそれは明らかに殺意だ。

 

「俺は怒っている。こんな卑劣な真似をしてまでシアン様を手にかけようとは……そんなに金が欲しいか。貴様ら傭兵は金さえあればなんでもするのか。人の心はないのか!」

「……黙れ!」

 

 リュカは吐き捨てるように怒鳴り返すと、渾身の力を込めて男に斬りかかった。

 

 ガキン!

 

 当然の如く受け止められるも想定内だ。男の実力は相当なものだがリュカも負けてはいない。両者一歩も譲らず一騎討ちの戦いはしばらく続いた。

 

「本当の意味で金に困ったことがない奴には分からんだろうな。俺がどんな思いで傭兵をしているのか!」

「それは」

 

 リュカの言葉に怯んだのか体勢を崩しかけた男の一瞬の隙を見逃さず、リュカは再び剣を振り下ろした。

 

「ぐっ!」

 

 鈍い金属音とともに男の剣は宙を舞った。勝負はついたようだ。膝をついた男の眼前に剣先を突き立て降伏を促すも、男は何故か不敵に笑っている。

 

「何がおかしい」

「哀れだ。時間稼ぎだとも気付かず、俺を倒して勝った気でいるとは」

「何?まさか!」

 

 遠くから歓声が聞こえてくる。本物の王子が拠点を制圧したのだ。やられた。相手の方が一枚上手だったようだ。そして気付けばヨーデリア兵に周囲を包囲されている。こうなればもう勝ち目はない。リュカは観念し剣を懐にしまった。

 

「哀れむなら好きにしろ。俺の負けだ。処刑でもなんでも気の済むようにするが良い」

 

 ヨーデリア兵に連れられて砦を出ようとした時、あの少女とすれ違った。誰かが牢獄から救い出したのだろう、少女は元気そうだった。

 

「ルナといったか」

「……はい」

 

 すれ違い様に声をかけると少女は驚いた様子でリュカを見つめた。

 

「あのとき俺を助けてくれたこと、感謝しているのは本当だ」

 

 少女は何か言いたそうな顔をしていたが、ヨーデリア兵に小突かれ早々に立ち去るしかなく、言葉の続きを聞くことは叶わなかった。